大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和38年(ネ)280号 判決 1966年12月27日

控訴人 渡辺秀雄

被控訴人 国

訴訟代理人 青木康 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一本訴請求について

一、被控訴人(当時の所轄は、旧陸軍省)と控訴人の先々代亡渡辺利吉との間に、本件各土地につき売買契約が成立したか否かについて判断するに、<証拠省略>を総合すれば、明治二三年三月頃旧陸軍省は、宮城県宮城郡字宮城野所在の同省所轄練兵場拡張のため接続民有地を囲込用地として買上げることを計画し、同省の命令を受けた旧第二師団監督部長は、宮城県知事を通じ、宮城郡役所を介して右囲込用地の各所有者と買上方について交渉を重ねた結果、同年三月下旬頃渡辺利吉外九二名との間に、右囲込用地とされた本件各土地を含む当時の宮城郡原町南目所在の民有地合計二二町五畝二四歩(六万六、一七四坪)を時価の四倍相当の代金合計金一万三、〇九五円、五七銭二厘で買い受ける旨の各契約が成立し、かくて渡辺利吉は、本件各土地を代金三八九円五三銭二厘で売り渡し、次いで同年五月二〇日頃右各土地を旧第二師団に引き渡すと共に土地台帳上の所有名義が旧陸軍省に変更登載されたことを認めることができる。もつとも、本件各土地につき同省名義に所有権移転登記がなされなかつたことは、被控訴人も認めて争わないところであるが、右登記の欠缺は、右認定の妨げとはならず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

二、ところで、控訴人は、右売買代金を受領した事実はないと主張し、これを前提として後記の各主張をしているので、まず、売買代金支払の有無について検討するに、なるほど被控訴人は、受領証等本件売買代金支払の事実を明確ならしめる資料を提出していないけれども、前記各文書の作成者および名宛人に徴すれば、これらの文書は、前記買上の際における旧第二師団と宮城県知事らとの連絡文書等として宮城県知事が保存している資料であつて、旧第二師団が所持していた資料でないことが明らかであり、そして、<証拠省略>によると、宮城県知事は、右売買代金の支払事務に関与していなかつたことが認められ、かつまた、前記売買契約における買主は、旧陸軍省であつて宮城県知事でない事実に徴すれば、同知事の保管にかかる右資料の中には、関係各地主から受け取つた売買代金の受領証等が添付されていないことは、むしろ当然であるというべきである。ところで、旧第二師団司令部の建物が昭和二〇年の空襲で灰燼に帰したことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、その際旧第二師団が保管していたものと考えられる関係各地主から徴した売買代金の受領証その他右買上関係資料の悉くが滅失するに至つたものと推認される、したがつて、被控訴人が右受領証等を現に所持していない事実をもつて、本件売買代金の授受がなかつたことの証左とはなし難い。かえつて、原審における控訴本人尋問の結果によると、未だかつて前記関係各地主ないしはその家族等から、前記売買代金の支払を受けていないという不満の声が上つた事実のないことが認められる。また、前認定のとおり、前記関係各地主から買上げた代金の総額は、金一万三、〇九五円五七銭二厘であり、更に、<証拠省略>によると、地上家屋等の移転料は、合計金二、九二九円六七銭九厘であることが認められるところ、明治二三年当時の物価からすれば、右各金員は当時としては相当の巨額であり、しかも、右買上によつて殆ど全財産を手放すに至つた地主も少からずあつたものと考えられるので、宮城県知事が右買上に関与しながら右売買代金の支払がなされなかつたまま放置していたものとは到底考えられず、渡辺利吉にしても、本件各土地の売買代金は、前認定のとおり金三八九円五三銭二厘であり、また、右買上に伴う同人所有の家屋等の移転料が金三一八円四銭であつたことは、前記<証拠省略>によつて認められるところ、これらの合計額は、当時としては相当の金額であり、しかも、家屋まで移転したのに、これらの代金および移転料が現実に支払われなかつたとすれば、生活にも重大な影響があつたものというべく、それにもかかわらず、たとえ相手が旧陸軍省であつたにせよ、これを請求しなかつたものとは到底考えられず、しかも、本訴提起まで約七〇年もの長期間これを問題としなかつたということそれ自体不自然であること等の諸事実を彼此考え併せこれらと弁論の全趣旨を総合するときは、明治二三年五月二〇日頃本件各土地の引渡と同時もしくはその直後に前記売買代金が支払われたものと認めるのが相当である。右認定に反する原審および当審における証人佐藤国雄の証言および控訴本人尋問の結果は到底措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

三、以上の認定事実によれば、前記売買契約の成立により本件各土地の所有権は、被控訴人に移転したものというべく、したがつて、渡辺利吉は、被控訴人に対し右各土地につき所有権移転登記手続をなすべき義務があつたところ、同人は、明治三四年七月二〇日死亡し、その子渡辺勇衛門が家督相続をしたが、昭和二一年一二月一四日同人の死亡により控訴人が家督相続をしたことは当事者間に争いがないのであるから、控訴人は、渡辺利吉の被控訴人に対する前記所有権移転登記手続をなすべき義務を承継したものといわねばならない。

四、次に、控訴人は、本件売買の行なわれた明治二三年当時の法制および商慣習上、代金の支払および所有権移転登記という外部的徴表を伴う行為がなければ、売買契約は有効に成立せず、したがつて、所有権も移転しないものと解すべきところ、本件売買契約において代金の支払もなく、所有権移転登記もなされていないから、本件各土地の所有権は、被控訴人に移転しなかつた旨主張するが、本件売買代金が支払われたことは、前認定のとおりであり、また、右各土地につき所有権移転登記がなされなかつたことは、前記のとおりであるが、本件売買契約が締結された明治二三年当時における法制の下においても、登記は、公示方法に過ぎずして、所有権移転の要件ではないと解すべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

五、なお、控訴人は、仮に然らずとするも、本件の実質的性質は、公用徴収であり、そして、当時施行の明治二二年法律第一九号土地収用法(旧)の関係諸規定および同法の施行に伴い廃止された公用土地買上規則中の関係諸規定の法意に鑑みれば、代金の支払が土地収用の有効要件であると解すべきところ、本件において代金の支払がなされていないので、被控訴人は、本件各土地の所有権を取得しない旨および仮に、右各土地が有効に収用されたとしても、旧陸軍は消滅し、演習場として収用した右各土地は、全部不用に帰したので、控訴人は、本訴において旧土地収用法第三五条、第三七条に基づき買戻権を行使した結果、被控訴人は、右各土地につき所有権移転登記手続を請求する権利を失つた旨主張し、更に、旧陸軍省は、国家権力により低廉な価格で本件各土地を収用しながら、旧土地収用法第一六条に定める登記義務を懈怠し、しかも、旧陸軍省の消滅により右各土地が不用に帰した以上、被控訴人は、直ちに旧所有者たる控訴人にその旨通知して買戻の機会を与え、もつて控訴人の既得権を保護すべきであるにかかわらず、右義務の履行を懈怠しながら、今日に至り本件各土地につき所有権移転登記手続を求めるのは、信義誠実の原則に反する旨主張するが、売買代金の支払がなされたことは前示認定のとおりであるのみならず、本件は、民事上の売買であつて、旧土地収用法に基づく公用徴収でないこともこれまた明らかであるから、同法の適用のあることを前提とする控訴人の右各主張はすべて理由がない。

六、次に、控訴人は、仮に被控訴人が本件各土地につき所有権移転登記請求権を取得したとしても、右請求権は、債権的登記請求権であつて、物権的登記請求権ではないから、右取得の日から一〇年の経過とともに消滅時効が完成したので、本訴において、右時効を援用する旨主張するが、登記請求権は、実体的な権利関係と登記簿上の権利関係の符合しない場合に、これを符合させるため実体的な権利の効力として発生する一種の物権的請求権であつて、買主の売主に対する登記請求権は、買主の所有権の効力として生じ、したがつて、消滅時効にかからないものと解すべきである(大正七年五月一三日大審院判例参照)から、控訴人の右主張は採用できない。

七、なお、控訴人は、仮に被控訴人が本件各土地につき所有権移転登記請求権を有するとしても、被控訴人自ら旧登記法上の義務を履行せず、かつ代金未払のまま長年月にわたりこれを放置しておきながら、今日に至り突如として本件各土地の所有権を主張し、これが移転登記手続を請求するのは、権利の濫用である旨主張するが、本件売買代金が支払われたことは前認定のとおりであり、そして、いやしくも本件各土地の所有権を取得し、これに基づく所有権移転登記請求権が発生した以上、たとえ、長年月を経過した後にこれを行使したからといつて、そのこと自体権利の濫用となるいわれはないから、控訴人の右主張も採用の限りではない。

八、更に、控訴人は、仮に以上の主張にして理由がないとしても、本件売買代金支払義務と所有権移転登記手続履行義務とは、同時履行の関係にあるところ、控訴人、その先代亡渡辺勇衛門、もしくは先々代亡渡辺利吉において被控訴人から、本件売買代金の支払を受けた事実はないので、現在の時価として一坪当り金三万円の割合による金員の支払を受けるまで本件各土地につき所有権移転登記手続の履行を拒絶することができる旨主張するが、右売買代金が支払われたことは前認定のとおりであるから、右支払のないことを前提とする控訴人の右抗弁も失当であり、採用できない。

よつて、控訴人に対し、本件各土地につき所有権移転登記手続を求める被控訴人の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきものである。

第二反訴請求について

本件各土地が被控訴人の所有であることは、本訴について認定したとおりであるから、右各土地が控訴人の所有であることを前提とする控訴人の反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当としてこれを棄却すべきものである。

以上の次第で、原判決がその理由中で、被控訴人が控訴人、その先代もしくは先々代に本件売買代金を支払つたことを認めるに足りる資料がないとして、右支払の事実を認定しなかつたのは不当であるが、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した点で、原判決は結局正当であるから、本件控訴はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第二項、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 野村喜芳 佐藤幸太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例